読書日記4『間違いだらけの経済政策』

本日は、現在早稲田大学の教授で、かつては大蔵省国際金融局長、財務官を歴任し、巨額の為替介入により「ミスター円」と言われ、世界に名を轟かせた榊原英資氏による世界経済を分析した以下の1冊をご紹介したいと思います。


本書による主要な論点は以下の3点です。

  • 今の世界経済はインフレとデフレが共存しており、価格構造の変化が起こっている状態である。
  • 構造変化がおきている現在のような経済情勢では、従来の金融政策や財政政策といったマクロ経済政策は無力である。
  • 日本は「買うシステム」を構築する必要がある。そのためにも「強い円は国益である。

最後の「強い円は国益」はまさに榊原節が全開です。
本書で榊原氏が再三述べていることは、「従来の経済政策は通用しない」ということです。このことがタイトルの由来となっています。どういうことかというと、現在は、例えば急速に供給が増えているハイテク製品は急激に下落している一方、需要が供給を超える資源価格は上昇し続ける可能性が高く、価格の革命が起きているという変化の時代にあり、そのような状況では閉じたモデルで分析をする経済学の政策はもはや効き目がないということです。

では、どうすればよいのか。榊原氏は「強い円」とミクロの政策を提言しています。「強い円」とは買うシステムを強化するということです。今後資源価格が上昇するならば、資源小国の日本は多くの資源を輸入しなければなりませんが、円高は資源の円建て価格を押し下げる効果があり、また国内のインフレも抑制することが出来ます。確かに輸出企業にとっては、円高はマイナスですが、日本の多くのメーカーは原材料を輸入しており、その限りにおいては、円高は輸出メーカーにとってもプラスになると、榊原氏は指摘しています。価格の構造変化が起きている状況では、従来の「売るシステム」から「買うシステム」への変化が必要ということです。

ミクロの政策とは「現場主義に戻る必要がある」ということです。今までの経済政策はマクロ政策ばかりでしたが、マクロ政策はもう効かないので、今後はエネルギーや農林水産業、教育、医療等の分野で経済を活性化させていくミクロの政策をしっかりと分析する必要があると指摘しています。

サブプライムから始まった金融危機ですが、対策としては従来の経済政策が語られることばかりでした。そこにきて、従来の経済政策の限界を指摘するあたりは、非常に示唆に富んでいます。

榊原氏はミシガン大学で経済学博士号を取得しており、他の著書を読んでも分かるとおり、経済学にはかなり詳しいです。そして、国際金融局長、財務官として為替と常に向き合っていた経験もあり、実務にも長けています。その榊原氏をして、「従来の経済政策は効かない。」とまで言わしめるのですから、説得力があります。

最後のポイントである、日本の今後の方向性として「強い円は国益」という点は賛否両論があると思われます。私も強い円高という方向性にはやや疑問です。というのも榊原氏のいう強い円の理由の一つに、95年に当時米財務官だったルービンが作った「強いドルは国益」のもと、アメリカに資金が流入する仕組みを、日本でも目指すというものがあるからです。すなわち、金融化の流れは止められないので、今後は日本に資金を流入する仕組み作りが必要ということを榊原氏は主張しており、その一環として強い円も必要と指摘しています。

しかしながら、アメリカが金融大国を目指し、世界中の資金をアメリカに集めた結果、どうなったのでしょうか。アメリカは、通貨高を利用し、他国からの資金流入を頼りに、国全体で借金をし消費をしましたが、サブプライムという外部ショックが起きたため、ドル安が進み、米国へ今後も今までのように資金流入が続くかどうか自体が不透明になっています。このことは仏大統領サルコジの「ドルはもはや基軸通貨ではない。」発言にも表れています。

アメリカへの資金流入がとまるということは、アメリカは以前のように消費が出来ないということの裏返しとも考えられます。当たり前の話ですが、消費をするにあたっては資金の制約があります。今まではアメリカへの資金の流入が多かったので、アメリカは大量消費を実現し、そのことにより、アメリカへ輸出する国も儲かっていましたが、現在はその体制が崩れようとしています。

日本もアメリカのように強い円から金融大国を目指すという方向は、そもそも必ずしも大量消費をよしとしない日本には難しいのではないかと思います。もちろん日本に資金を集めるということは重要です。だからこそ、榊原氏は「買うシステム」の構築を進める必要があるといっているとは思いますが、今からアメリカ型の経済を目指すのは、経済危機に陥っているアメリカを見ると疑問に感じざるを得ません。

色々述べましたが、新たな経済政策という視点から世界不況を分析する本として興味深く、お薦めです。