読書日記5『資本主義は嫌いですか』

最近更新をしていなくて申し訳ございませんでした。本日久々に会った友人から「最近ブログを更新していないね。」といわれ、読者がいることのありがたさを再認識するとともに、その期待に応えていないことを反省しました。ネタのストック自体はかなりあるので、これからはもっとペースをあげて更新をしていきたいと思います。

さて、本日は慶應義塾大学教授の竹森先生が書いた以下の本をご紹介したいと思います。

資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす

資本主義は嫌いですか―それでもマネーは世界を動かす

この本は週刊東洋経済の「2008年決定版経済・経営書ベスト100」の1位に選ばれた本でもあります。

私自身この本を読んだのは、昨年の10月下旬から11月上旬頃にかけてでしたが、その後に読んだ本を含めても、今まで読んだサブプライムショック関連の本の中では、一番お薦めの一冊です。

この本の特徴は、バブル、サブプライムショック、金融危機等の原因・影響を、歴史的背景、経済学の伝統的な理論、最新の理論・研究を踏まえて分析している点にあります。

それこそ今から90年前のフランク・ナイトの「不確実性」についての議論から始まり、バブルとは何か、サミュエルソンのOLGモデル、テイラールール、動学的非効率性、世界利子率、ファンダメンタルズ、流動性プリンシパル・エージェント問題、行動経済学といった、まさに経済学者が書く本ならではの本格的な経済分析がばんばん出てます。しかも、難解な数式はいっさいなく、平易で直観的な説明で書かれています。

本書は以下の独立した3章から成り立っています。

  • 第1部 ゴーン・ウィズ・ア・バブル
  • 第2部 学会で起こった不思議な出来事
  • 第3部 流動性−この深遠なるもの

一方で、それぞれのテーマはお互いが密接に関連しあっています。この特徴を本書からを引用するならば、以下の通りです。

3つの物語を読むことによって、「サブプライム危機」という複雑怪奇な現象の全体像が、あたかもジグソーパズルの一片、一片が収まるべきところにぴたりと収まったかのように浮かびあがるというのが著者の意図である。(P3)

第1部では、バブル発生の原因について書かれています。ここでのバブルとはアメリカにおける住宅バブルのことです。アメリカにおける住宅バブルが、サブプライムを組み込んだRMBSCDOを含めた金融新商品の拡大を支え、また住宅バブルの崩壊が、金融新商品の価値を暴落させる悲惨な結末を招いたというという考えに筆者は立っています。

アメリカの住宅バブルがサブプライム問題の本質的な原因とするならば、なぜアメリカで住宅バブルは起こったのでしょうか。FRBが低金利政策をとったからでしょうか。それとも、世界的な金余りのせいでしょうか。金余りが原因だとすると、金余りが発生した根本の問題は何なのでしょうか。

多くの本は、「FRBの利下げによりアメリカでは住宅バブルが起きた」や「世界的な金余りがバブルを誘発した」と、いきなり結論付けてそこから話がスタートしています。
しかし、本書では、バブル発生について「FRBの利下げ仮説」や「金余り仮説」に関する諸学説を引用し、定量的・定性的、さらには、行動経済学という心理要素まで含めた分析をしています。これらの疑問について懇切丁寧に謎を紐解くことで、バブルの本質を議論するとともに、これからの世界経済のあり方についてひとつの驚くべき処方箋を提示するのが第1部です。

第2部では、サブプライム危機が発生した2007年8月のちょうど2年前の2005年8月に行われたアメリカ連銀主催のシンポジウムを紹介しています。この学会で発表されたシカゴ大教授ラジャンの論文の内容は、今おきている金融危機を予見していたかのような内容で、今読むとその先見性に驚かされます。この2005年8月に行われた学会を発表時期を隠して説明したならば、多くの人はサブプライム危機の「現状分析」と感じるはずです。

一つのセッションでの報告、討論者のコメント、一般討論という学会の流れを知る事もできるとともに、学会では普段どのようなことが議論されているかを知るにも参考になります。またこの学会では、グリーンスパンの引退の花道的な要素も強く、参加者は非常に豪華な顔ぶれでした。元米財務長官のルービン及びサマーズ、イスラエル銀行総裁フィッシャー、元連銀副議長ブラインダー、ECB総裁トルシエなど。ラジャンの予言の論文を彼らはすでに知っていたということは、現在のような状況が起こることを織り込むことが出来ていたということです。

机上の理論と揶揄される学会で、実は現在の金融危機がすでに予測されていたこと、そしてその学会での活発な議論を紹介するのが第2部です。

第3部では、「流動性」についての最新の経済理論の成果が総括されています。例えば「市場が流動的」という意味は、通常「現金が手に入りやすい状態」と解釈されます。不動産は、株式や債券にくらべると売りたいときにすぐ売れない、すなわちすぐに換金が出来ないということで、非流動的な資産といえます。

では、最近よく耳にする「過剰流動性」とはいったい何なのでしょうか。「『過剰流動性』」によってバブルが発生している」とは、意味としてはなんとなくわかりますが、上記の解釈とはやや異なってきます。

筆者は「市場が流動的」とは、経済において「投資する意欲」が高い状態を指し、「過剰流動性」とは「投資する意欲があまりにも強すぎる状態」を指すことと定義しています。このように「流動性」とは経済学的にどのような意味を持つのか、また流動性が昨今の金融危機にどのような影響を与えたのかを分析しているのが第3部です。

余談ですが、半年ほど前の「朝まで生テレビ」でリーマンショックについて議論されていました。そこには勝間和代さんも参加していて、勝間さんが「証券化商品の流動性が失われたのが問題なのです。」と言ったところ、田原氏がするどい視点で「その『流動性』っていうのはいったい何なの」と質問しました。勝間さんは、たしか「簡単にいうと換金のしやすさですね。」といっていました。ただ、そこからは田原氏の厳しい質問と予期せぬ無茶ぶりで議論が迷走しがちでしたが…。普段よく使われる流動性という言葉ですが、意味さえも流動的であり、また深くもあります。

著者の興味をそそる巧みな表現、ドラマ仕立ての解説、ダイナミックな経済学諸説、そしてその根底にある一貫したロジカル文章により、本書の読後には「サブプライム危機」とは何だったのかが分かるとともに、現代資本主義のあり方のヒントを得ることが出来ます。今回の経済危機に関して、ワンランク上の理解をすることが出来るお勧め1冊です。