「東大・林教授、一橋大学に 異例の移籍」を考える。

いきなりですが、先週発表された下記ニュースについてです。

東大・林教授、一橋大学に 異例の移籍
 マクロ経済学計量経済学が専門の林文夫・東京大学教授(57)が10月1日付で一橋大学の教授として移籍することがわかった。東大経済学部の教授が定年前にほかの国内大学に移るのは極めて異例。国内の有力大学間の競争が加速するなかで、人材の争奪戦が一段と激しくなりそうだ。
  林教授は生産性の分析などで学界内での評価も高い。一橋大大学院の国際企業戦略研究科に所属する。林氏は東大などで学んだ後、米ハーバード大学で経済学博士号を取得。1995年から東大教授を務めている。移籍は9月30日に開かれる東大経済学部の教授会に報告される。

かなり衝撃的なニュースです。お笑いで例えるならば、ダウンタウン松竹芸能に電撃移籍するみたいな感じです。

林文夫先生の凄さはなんといっても現役の日本の経済学者としては、日本で1位、2位を争う実績を、いわんや世界でもトップクラスの業績を持っているということです。まさに「世界のHayashi」です。林先生の凄さは次回書くAppendix①〜④を参考にしてみてください。

林先生は東大→ハーバードPh.Dという超エリートコースの上、ペンシルバニア大学教授という海外でのアカデミックポストも経験しておられ、日本の経済学者ではエースといえる存在です。

そんな林先生がなぜ、東大から一橋へ・・・。間違いなく一つだけいえる事は、例えばお金を目的とするような私利私欲のための移籍ではないということです。

林先生ほどの実績があれば、米アイビーリーグで教授のポストを得ることもそれほど難しくないでしょう。ですが、林先生はかつて海外のアカデミックポストを捨てて、東大の教授となりました。

その理由は、「日本の経済学のレベルの底上げのため」だそうです。ノーベル経済学者がひしめくハーバードやシカゴで研究することを放棄し、日本の経済学のレベルを上げるために、林先生は東大の教授を選んだそうです。(この話を聞いたときは心から感動しました。)

そんな林先生が一橋に移籍する理由はいったい…。ここでのポイントは、林先生の移籍先が一橋の経済学研究科ではなく、神田にある社会人向けMBAの国際企業戦略科(以下、ICS)だということです。

ICSへの移籍を考えると、あくまで私の仮説ですが、おそらく移籍の理由は「社会人教育のため」だと思われます。

一橋のICSはMBAといえど、実務を重視というよりも、どちらかというとアカデミック色が強いといわれています。私もかつて願書を取り寄せたことがありますが、入学に必要な知識のレベルが高くて正直驚きました。間違いなくゼロからファイナンス計量経済学を学ぶ場ではなく、ある程度知識がある人がさらに知識を深めるために行くMBAです。(ネットでの例えが面白かったのですが、ICSはそもそも強いサイヤ人をもっと強いスーパーサイヤ人にする場であって、弱い地球人を強いサイヤ人にする場ではないということでした。)

並みのMBAならば、Ph.D用の計量ファイナンスの教科書であるキャンベル=ロー=マッキンレーをまず原書で読んだりしないと思います。(邦訳は一橋ICSの教授陣による)

ファイナンスのための計量分析

ファイナンスのための計量分析

そのようなICSだからこそ、林先生は移籍する決意をしたのではないでしょうか。すなわち、かつて経済学のレベルの底上げをするために日本に戻ってきたように、社会人の計量経済学のレベルの底上げをするためにICSへの移籍を決意したと。確かにMBAがない東大ではこのような社会人の計量経済学のレベルの底上げは出来ません。

仮に移籍の理由が「社会人の計量経済学のレベルの底上げをするため」だとすると、邪推ですが、林先生の問題意識は今回のサブプライムショック・リーマンショックで明らかになったと社会人の計量経済学ファイナンスに対する知識のなさへの危惧かもしれません。

ところで、林先生のモチベーションが「社会人の計量経済学のレベルの底上げをするため」だとして、ある程度計量経済学の知識がある社会人にとっても、林先生の授業をこなすのはかなり厳しいことだと予想されます。

学会で一度林先生のプレゼンを聞いたことがありますが、体育の先生を思い出すほど、厳しい先生でした。もし、ICS所属の社会人が「林先生って誰?」みたいな感じで、林先生の授業を受けると、ボコボコにされること必至です。

詳しくはAppendix3を見れば、林先生の授業のレベルの高さがわかると思います。私も大学院で計量経済学のスパルタ教育を受けたのでわかりますが、ある程度の数学的素養と統計学の知識、そして英語力がないと計量経済学を学ぶのは本当にきついです。

林先生がICSに移籍することで、ICSの計量経済学のレベルは今まで以上に高くなると思われます。ですが、学生のニーズが果たしてアカデミックな授業にあるのかどうかが課題だと思います。

林先生による実務で活かすための世界レベルのアカデミックな授業(Supply)と学生によるアカデミックの知識を実務で活かすという学習意欲(Demand)がマッチすれば、この移籍は新たなMBAの潮流を作るかもしれません。そうなれば、アカデミックにも実務にも相互によい影響を与えそうです。個人的にはその流れに期待したいです。

以上、林先生の移籍についての考察でした。

色々書きましたが、大学内は色々と人間関係が難しいようなので、もしかしたらただ人間関係がこじれての移籍かもしれませんが…。

最後までお付き合いしてくださった方、ありがとうございます。